猫から見たK-POP

ガールグループ中心に思ったこと書いてます。

アイドルという物語

KPop関連の記事翻訳でおなじみサンダーエイジさんが、とても面白い記事を紹介されています。

タイトルも含めてわりと小難しい表現が多用されている記事ですが、その内容を端的に表すと韓国の宮脇咲良ファンが彼女の素晴らしさについて言葉を尽くして説明しようとするものです。

韓国と日本のアイドルの違いについて触れながら、アイドルとしてのカリスマ性と20歳の素朴さを兼ね備えた宮脇さんの魅力を力説しつつ、そして彼女の存在が韓国での女性イメージにもたらす変化の可能性にまで触れた、とても興味深い記事になっています。

そして私は、この宮脇愛あふれる記事を読み終わって自分なりに感じるところがありました。

それは、韓国人でありながら日本のアイドルである宮脇さんを高く評価するこの筆者と、日本人としてKPopアイドルを好きになったものの、依然としてAKBアイドルを遠い目で見つめる自分との違いです。

彼は、自分自身と世界に対する言葉を持つ、ひとつの人格として活動するアイドルとして宮脇さんを捉え、眩しいものとして受け止めている。 韓国のアイドルが持たない個性をもつ存在としての彼女を称賛の眼差しで見つめていて、逆にKPopアイドル(特に女子)は類型化された役割の中に押し込められていると感じているようです。

確かにここで描き出される宮脇さんの個性・人格はとても魅力的です。飾らず、率直で、思慮深くもある、とても好感の持てる女性。褒めすぎではと思われる箇所もありますが、彼女の人柄はとても好ましいものだと私も思います。

ですが、まだ私の中ではそうした人間としての魅力が彼女のアイドルとしての姿と結びついていない。

 

宮脇さんのこうした個性は、AKBグループというとても特殊な環境の中で注目されてきたという事情があることはこの筆者も書いているとおりです。

メンバーが仲間というよりも競争相手であり、集団の中にあっても結局はひとりのアイドルとして「孤立」しなくてはならないというその状況は、メンバーが運命共同体となり7年を過ごしてゆくKPopアイドルとは大きく異なります。

そんな関係の中で同じグループとして舞台に立ちながら、ユニゾンを多用するスタイルや画一的な振り付けが象徴するように、パフォーマンス面では誰もが代替可能な存在であるとみなされる一方、総選挙に代表されるようにステージを下りた所で強い個性を求められるというアンバランス。

言い換えると、AKBのアイドルはステージを離れて初めて自分という存在を表現する機会が与えられると言えるかもしれない。

かなりの宮脇愛を爆発させている筆者が、あの曲・あの瞬間といったステージ上での姿から宮脇さんをほとんど描いていないのは、単純に彼女の人格を浮かび上がらせるという記事内容の都合からだとは思えません。

こうした事情を考えると、「個人の力量によってアイドルの新しい典型を見せた」という感想は、私には皮肉にも聞こえます。

AKBという環境において彼女の魅力はステージを離れた所で注目されるしかなかったという側面もあるのではないでしょうか。

 

その一方で、一般的なKPopにおけるアイドル表現は大きく異なります。

1人ひとりが独自のパートや振り付けを担当し、それがステージの上で見事に調和した結果として、グループとしての全体像を完成させる。そこにはひとりひとりが演じる確かな役割があり、それがもっと大きなグループ全体としての表現へと繋がるという有機的な構成がある。

私が強く思うのは、アイドルが最も雄弁であるべきなのは、このステージの上だということです。歌や踊りといった技術表現と、アイドル本人が持つ外見を含めた個性や背景が舞台の上でひとつに集束した瞬間、初めてアイドルは特別な存在になる。

技術と物語が結合するこの瞬間が無ければ、アイドルはアイドルである事が出来ない、というのが私の考えです。舞台の上で注目されながら歌い踊れば、それがアイドルというわけではないとも思っています。

人間性に着目して好感を持つのは自然な事だと思いますが、アイドルとしての真価はステージでの姿と切り離しては考えられません。アイドルは、ただの好ましい人物以上のものでなくてはならない。

アイドルだけが持てる個性・叙事は、彼女達自身が舞台の上で放つ輝きによってしか光を与えられず、その存在を明らかにする事が出来ない。それは舞台を離れたところ、様々なメディアなどで披露される人柄に関わるエピソードの集積や、類型化され得るキャラクタなどとは根本的に異なるものです。

アイドルの物語は、まずステージの上から語られるべきという私の考えからすると、宮脇咲良の物語はまだ始まっていない。

だからこそ、KPopアイドルグループとして始まるアイズワンには大きな意味があるのだと思っています。

 

開幕を間近に控えて光を落とした舞台上には、もう既に12人の気配がある。

そこには順位争いを急き立てられる相手ではなく、肩を並べて前に進むチームメイトがいて、誰も途中で抜けたり加わったりしない。みんなが同じ日に集まり、同じ日に別れる。

そのアイズワンが織り成すステージの上で、宮脇さんがアイドルとしての尊厳ある席を得て、彼女のために用意された時間と空間の中に彼女だけの物語が光を受けて姿を現すことを、私は期待しています。