猫から見たK-POP

ガールグループ中心に思ったこと書いてます。

「真面目な」アイドルで何が悪い

アイドルについてのブログを書くからには楽しい事だけ書いていたい、というのが本心です。しかし最近の日本アイドル界で起きた騒動の最中に渦中のアイドルが残した「真面目なアイドルとして生きること」についての言葉に少し考えさせられるところがあり、書いたのが以下の文章です。

ほとんど文字です。

 

アイドルの異性関係はファンにとって常に一大事件であり、それを巡るアイドル本人・事務所・ファンの緊迫した関係は、外部の世界からこれまでも好奇の視線を集めてきました。

最近ではそうした関係について一般に語られる際、特に事務所による恋愛禁止ルールの是非という側面から批判的な意見が多く聞かれます。

その中でも「アイドルに対して恋愛を禁止するルールはただの暴力であり、公序良俗に反する」というような批判には説得力があり、私も以前はそのように感じていました。

しかし今は少し考え方が変わり、恋愛に事実上の制限が加えられられるのはアイドルという特殊な職業を考えると仕方が無い事だけれど、それと同時に、絶対に他者からの制裁や罰則を伴うようなルールであってはならないと考えるようになりました。

名目上かつ努力目標的なものであるならば、「恋愛制限」はアイドルとして成功するための振る舞いとして必要なものだとも言えるかもしれません。

ここで強調しておきたいのは、 恋愛の事実が発覚したからと言ってそれが非難されるようなことでは決してないということ。ましてやアイドル本人を表に出して謝罪させるなどは論外で、許されるべき事ではありません。内々でうやむやのうちになんとなく納めるべき話です。

そもそも恋愛感情は人間として当然の感情であり、それを抱く事で罰せられるなどあっていいはずがない。ある種の感情を人が持つことを禁止することなど出来るはずもないし、するべきでもないと思います。

一方で、アイドルという職種は特定人に対する恋愛感情を表に出す事・行動に示す事が望まれないという特殊な職業です。これをアイドルとファンの擬似恋愛関係から説明するのが正しいのかどうか、まだ私には分かりません。

しかし現実としてファンは男女を問わず、応援しているアイドルに現実の恋愛関係があることを望まない。そうした事実が明らかになればファンは落胆し、離れていきます。そしてアイドルはビジネス上の損害を受けることになる。

逆にうまくアイドルとしてファンだけを思う純粋なイメージを保つ事ができれば現実的な利益を得る事ができます。メリットを取る以上はデメリットも受け入れるべきというのが一応の私の考えです。

 

加えて、こうした恋愛を巡る葛藤の中にこそ、アイドルとその他のアーティストと呼ばれる人々を区別し、彼・彼女達を特別にしている理由のひとつが存在していると思います。

ただでさえ容姿の優れたアイドルが、メイクも衣装も完璧に飾り立ててステージで目一杯魅力的な姿を披露するのだから、そうした姿に惹かれて近寄ってくる異性の多い事は容易に想像出来ます。

にも関わらず、優れたアイドルと呼ばれる人達はそうした誘惑に背を向ける。あるいは懸命に隠し通そうとする。

誰よりも愛や恋を言葉にしつつ、しかし現実の恋愛を謳歌する事ができないという矛盾は、ある意味悲劇的であり、それは彼・彼女達に物語的な魅力を与えて特別な存在に見せる。

ここにはアイドルをめぐる世界の熱狂の要因の一つがあるように思います。

ファンにとってのアイドルの恋愛事情は互いの信頼と忠誠に大きく関わり、両者の間で作られる物語的な世界観の完成度に影響を与え、結果としてアイドルとしての成功を大きく左右する要素だともいえるのではないでしょうか。

私はこうした所に、いわゆるミュージシャンやアーティストとは違うアイドル特有の魅力と難しさを感じます。

 

例えばそんな、努力と心構えを通して獲得される「真面目な」アイドル像を体現する存在として、私は2人の名前を思い浮かべます。

1人目は、KPop界を代表する「清純派」ガールグループであるLovelyzのKeiさん。

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グループを代表するビジュアルにしておそらく一番人気であるKeiさんが、確か去年のカムバの際のショーケースでの質疑応答の中で、「自分は恋愛をした事がないからよく分からないけれど」と前置きしながら新曲についての感想を述べた事がありました。

私はその話を聞いたときに「まさかそんな訳ないでしょ」という呆れを感じると同時に、多少大げさな表現ですが感嘆のようなものを覚えました。

アイドルとしての自分に向けられる期待と役割を自覚し、そのプレッシャーに堂々と立ち向かって見せる姿からは特別な道を選んだ人間だけが醸し出せる気迫のようなものを感じ、その細身の体がとても大きく見えたものでした。

そしてもうひとりは、お馴染みIZ*ONEの宮脇さんです。

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長いキャリアを日本の芸能界で送りながらも、その出身グループにまつわる数々のゴシップから彼女が自由だった事は決して自然な結果ではなく、彼女がアイドルとして自覚的に努力を続けた結果だと思います。

いま海を越えて彼女の存在が評価されているのはそうした日々の成果であり、それは同時にアイドル世界における良心的な物語の証明でもあり、そして「真面目に」アイドルの道を歩む人にとっての目標にもなり得ると思います。

昨今の日本のアイドル界の狂騒ぶりを考えると、アイドル優等生とも呼ばれながら韓国にまで辿り着いた彼女の姿は、まさに泥中の蓮と呼べるかもしれません。

アスリートが彫刻を仕上げるように自身の肉体と向き合うとすれば、アイドルもまたアイドルと呼ばれるべく舞台上でのスキルだけではなく日常までも気を配る。

正直に言えば、私はそうした姿勢に対して敬意と同時に危惧を感じることもあります。迷いもあります。特殊な世界において成功を求めるためとはいえ、ある種の日常と距離をとることを決して手放しで称賛できるとは思えない。しかしその先にある姿に惹かれてしまう気持ちのあることも否定できません。

 

これまで書いてきたように、アイドルにとっての恋愛事実の有無は単なる色恋の話ではなく、ファンに対する誠意もしくは自らの職業に対する誠実さを計る事実上のものさしになっていると思います。

そんな彼女達が何を犠牲にして何を得ようとしているのか、その矛盾を含んだ微妙な現実がアイドルビジネスに最前線で関わる人間に分からないはずがない。

にもかかわらず、誠実にアイドルであろうとした人間があべこべに嗤われ、孤立させられるようなグループや組織があるとするなら、それは自分達自身がアイドルビジネスに関わる資格も能力も持たないことを自白しているのに等しいと思います。

真面目なアイドルの献身がファンに向けられるものならば、その彼女を嘲弄することはファンまでも馬鹿にするということです。これはアイドル世界の自己否定です。そんなことはアイドルファンの端くれとして受け入れられない。

そして最後に触れておきたいのは、アイドル個人に人気投票という名の競争を強いるアイドルビジネスの仕組みの中では、ひとりひとりが孤立させられてしまい、その結果として同僚との間で軋轢が生じるのは必然ではないかということです。

刹那の人気でアイドルを急き立て追い込むビジネススタイルは、その姿を変えるべきときが近づいているように感じます。

その努力と献身という過程が正当に評価され、真面目なアイドルが自身の姿勢を疑うことなく活動していけるのが当たり前の世界になって欲しいと思います。何かと激しいアイドルの世界、非情なのは結果だけで十分です。