猫から見たK-POP

ガールグループ中心に思ったこと書いてます。

アイドルとプライド。Nizi Project Season1感想

TWICEのJYPが日本で送り出す予定の新ガールグループ、そのメンバー候補14名を見つけ出すことに成功してひとまず終了した「NiziProject」のシーズン1でしたが、個人的に一番印象に残ったのが審査に当たったパク・ジニョンだった、という感想は良いのか悪いのか。

20年以上のキャリアを持ちながら、今なお第一線で活躍するアーティストであり、TWICEを擁してシーンのトップを走るKPop企業「JYP」の中心人物でもある彼が、候補者の審査を行うために、ほぼすべての場面に顔を出してその個性を発揮してしまったのだから、これはしょうがないのかもしれない。

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ご覧の通りの強面だけれど、初めて会う参加者にはまず「会えて嬉しいです」という挨拶から始めるほどにジェントルで、アイドルに対する思いに溢れたパクジニョンの存在は、今回の放送を通した見どころの一つになっていました。

番組を通して彼は様々な言葉を評価という形で参加者たちに投げかけていましたが、そこから明らかになる理想の姿は確かに共通していました。

 

それは、アイドルにとって何より大切なのは「自分自身を表現すること」だということ。  

例えば一般参加者としてトップクラスの評価を受けたニナさんは、「パフォーマンスをする時に自分のキャラクタがそのまま表れるところが良い」と称賛され、「今回のグループにこれで自信が持てました」とまで。 

missAのスジに会った時を思い出したとパクジニョンから「公認」されたアヤカさんは、ダンスの実力は今一つであるとされながら、「歌っても踊ってもアヤカさん」と、彼女だけの自然体の魅力を認められて高く評価されています。 

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一方で、JYP所属の日本人練習生の一人であるリマさんは、その実力全般を賞賛されながらも、ボーカルテストにおいて「既存のラッパーのスタイルや表情を真似しないで」、自分だけの表現を見つけるべきだと指摘されます。

更に同じくJYP練習生として参加したユナさんも、その長い練習生生活で鍛えられたスキルを発揮したものの、「ユナさんが見えない」「練習した表情に見える」と、デビューへの強すぎる思いから隠れてしまった彼女自身の姿を要求していました。

 「幼い頃から練習生として事務所で過ごせば実力は伸びる。でもその人の自然な姿が失われてしまう」と、韓国の練習生制度が持つ短所に触れたのもこの時でした。

 

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このように、アイドルは自分だけの姿を表現してこそ、という意味のメッセージを多く残したパクジニョンでしたが、彼の言葉がひときわ熱を帯びたと思われる、ひとつの場面が、今も強く印象に残っています。

それは東京予選において、日本でアイドルとしての活動経験がある少女が審査会場に登場した時のこと。

5年のキャリアを持つ元アイドルでありながら、彼女の披露した自信なさげで相手の顔色を伺うようなパフォーマンスは、今回のチャンスにかける切実さも強く伝わってくる分、余計に見る者の心をかき乱すものでした。

その懸命な姿を見るパクジニョンの表情はとても辛そうだった。

嬉しいときは満面の笑み、苦言を呈する時は真剣そのものという、はっきりした感情表現をする彼の表情に、ここまで当惑の色が浮かんだのは、番組を通してこの場面だけだったように思います。

ダンスを途中で止めさせて、ため息をつき、やがて慎重に言葉を選びながらパクジニョンがまず口にしたのは、彼女から感じられる、見る者に対しての「媚び」についての指摘でした。

「僕や観客に良い子に思われることが、踊って歌う理由になってしまっているよう」

「自分が感じたことを表現しているように見えない」

そして「あなたが誰なのか分からない」と、率直な感想を述べます。

合否は一旦保留という形で審査を終えて彼女を送り出した後でも、「切実さは自分自身へのプライドと共に表現しなくてはならないのに……」と悔しさを滲ませ、一人のアイドルが過ごした5年という時間を想像する彼の表情は暗かった。

このあと結局は合格となり東京合宿に参加した彼女でしたが、しかし最終的に韓国行きの14名に選ばれることはありませんでした。

 

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シーズン2を目前に控えているらしい今でも、上記の場面は未だに自分の中にわだかまりとなって残っている気がします。

というのも、この時パクジニョンが放った言葉は、彼女だけの問題を指摘するものではないように思えた。

見ている側の要求を先取りして内面化するような態度、つまり「媚び」の気配は、霧のように広くうっすらと、日本にいるアイドルを取り巻いているように感じる。 

私がそう思う理由のひとつは、彼女達が音楽の世界で占める、プロとアマチュアの狭間という独特な位置です。ここに媚びを呼び込む余地があるように思う。

音楽に携わる者としてプロの技術の厳密さを求められるでもなく、かといってステージには立つのでアマチュアでもないという微妙な場所にいるアイドルは、愛嬌やキャラそして芸能感覚といった曖昧な要素で二つの世界の隙間を埋める。

舞台における技術や表現力から生まれる結果ではなく、こうした場の空気や周囲の視線に左右されがちな判断がアイドルとしての価値に大きな影響を与えるとなると、とにかく人の歓心を得ることが一番だという傾向が生まれるのは自然なことかもしれない。

例えば、日本ではアイドルの通常業務のようになってしまった雑誌の水着グラビアなど、本来なら音楽に関わる人間にとって必然ではないはずものが当たり前に存在するのが不思議でしたが、こうした構造の一端であるとすれば理解できる。

しかしまるでルーティーンのように、こうして「水着姿の若い女の子」という没個性的な記号となって大衆の視線を集めた時、そこに自分だけが表現できるアイドルとしての姿がどれほど残っているのか、疑問です。

 

そしてここには、アイドルという存在をどう捉えるかという、JYPとの違いが最も鮮明な形で表れているようにも見える。

パクジニョンはあの場でもうひとつ重要な指摘をしていました。

「一人ひとり違う、見えない心を表現するのが芸術」であり、「それが見えなかったらそのパフォーマンスは芸術的価値がない」と。

彼は、アイドルもまた芸術の世界の一翼を担う存在であると信じている。

20数年間、競争の激しい音楽の世界を走り続けてきた人間として、自分が獲得してきたアーティストとしての生き方を、何重にも年の離れた若いアイドルに対して遠慮も軽視もすることなく、真っ直ぐに期待している。

「自信は膨大な練習量から生まれる」とは別の場面での言葉ですが、彼は舞台への情熱を持ちながら努力を続ける姿勢の重要性にも触れていました。才能よりも学習能力が大事である、とも。

舞台に立つ人間に媚びなど不要。必要なのは学びと努力に裏打ちされた自信、それと共に示すべき自分だけの表現だと、彼は番組を通してこのことを繰り返し伝えていたように思います。

 

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先ほどのシーンに戻ると、 やはり彼女が5年という時間をかけて失った自信を、今回の少ない時間で取り戻すことは難しかったのだと思います。

しかし少なくともアイドルとしての自分の姿を客観的な言葉で表現してもらう機会が訪れた、ということだけは言えるのかもしれない。

繰り返しになりますが、あの時パクジニョンが最も伝えたかったのは、アイドルと、アイドルを目指す者は皆、表現に携わる人間としての矜持を持つべきだということだったはず。

そしてKPopシーンの先頭に立ち続けて来た彼が、日本人のアイドルに投げかけたこのメッセージは、決してあの審査会場に立っていたひとりの少女だけに向けられたものではなく、もっと多くの人に届くべき言葉だったように思います。