猫から見たK-POP

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IZ*ONE「幻想童話」が記す決意

始まりから、何かがおかしかった。

といってもそれはMVを巡る一連のトラブルのことでもなければ、手元に届いたアルバム「Oneiric Diary」のフォトブックが、表紙を開いたらいきなり最後のページから始まっていたというダイナミックな製本ミスのことでもない(まず目に飛び込んできたのが逆さまになったクレジットページでした)。

それはタイトル曲「幻想童話」を初めて聴いたときに感じた大きな違和感のこと。そのためリリース直後はこの曲に馴染めず、これまでに無かった難しさを感じた。

でも世間の評判は全然悪くないようだし、今回は単純に自分の好みに合わなかっただけかと思い直して、サブ活動曲「回転木馬」の素晴らしさで自分を納得させるつもりでいた。

 

しかし届いたCDを繰り返し聴き、舞台パフォーマンスを何度も眺めるうち、いつの瞬間からか、違和感の向こう側で強烈に心掴まれている自分に気付いた。

今なら間違いなく、「幻想童話」は自分にとってIZONEの代表曲である「ラヴィアンローズ」に並ぶくらい大事な曲になったと言える。

以下の文章は、このように変化した「幻想童話」に対する自分なりの解釈についての記事です。

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どうしても特別なカムバ

まず前提として、IZONEにとって今回のカムバはとても大事な意味がありました。

そもそもKPopアイドルにとってのカムバックと呼ばれる新曲リリースは、その存在意義ともいうべきもの。新曲を通して常に新しい姿を、自分たちに何が出来るのかを大衆に向けて証明し続けなくてはならない。 

長くても7,8年を越すことの稀なKPopグループの限られた契約期間の中では、過去のレパートリーや栄光にすがっている時間的余裕はない。数多い競争相手だけでなく過去の自分とも全力で戦わなくてはならない姿には、KPopの困難と魅力が凝縮されている。

しかしこのように強調したとしても、今回のIZONEのカムバの重要性は言い足りない気がする。

 

というのも、今年2月にリリースされた前作「Bloom*IZ」が、実際には昨年秋の時点で完成していたことを考えると、今作はグループの存続が危惧された例の騒動を経た後の、初めての作品ということになる。

つまり解散危機を乗り越え、存続していくことを決断した大人気グループIZONEがファンの声援と世間の視線を前にどんな新しい姿を見せるのか、新生IZONEのお披露目ともいうべき側面を持っていた。

 

加えて創作面でもデビュー以来の「花三部作」が大好評のうちに一区切りついて、これからの新展開に向けての期待が高まっていた。

おまけにPDを筆頭に実務を担ってきたプレディスが手を引き、かつてWANNA ONEが所属していたスウィングエンタテイメントが担当になるという大きな体制の変更。

更にそこへIZONEの宿命ともいうべき限られた残り時間という事情が重みを加える。

このように、ただでさえ重要なカムバを特別なものにする要素がやや渋滞気味に存在していた中で発表されたのが、今回のアルバム「Oneiric Diary」そしてタイトル曲「幻想童話」だった。

 

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響くサイレン、募る違和感

このように期待と不安が交錯する中で流れてきたのが、あのIZONE史上もっとも治安の悪いイントロだったというのは、これまで一貫して端正な音楽を奏でて来たグループであることを考えると、中々の衝撃だった。

何よりもこの曲のタイトルは「幻想童話」。英語題でも「Secret Story of the Swan」。

幻想、童話、秘密そして白鳥といった夢見がちでメルヘンな光景を想像させる文字列からはかけ離れた音というべきで、正直、混乱した。 

 

それに加えて、「魔法のような力を通じて心の中に持っていた夢が現実になり、ついに童話の中の主人公になる」というストーリーを盛り込んでいるとされる公式の説明にも拘わらず、その言葉通りの世界観をこの「幻想童話」の激しい音色から素直に感じ取ることは難しかった。

 

更に言えば今作のアルバム、一曲目に収録されている「Welcome」からして曲者だった。

この曲はカムバショーケースでも、エムカウントダウンのステージでも、必ず「幻想童話」とシームレスに演じられていることからすると、アルバム全体のイントロというだけでなく、むしろ「幻想童話」のためのイントロ、つまりこの二曲はセットであるように聴こえる。

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「IZONEランドへようこそ」と歌うこの曲はアルバム冒頭を飾るのに相応しく、いかにも美しく楽しい世界へと聴き手をいざなうような穏やかな旋律を持つ。

にもかかわらず、 動きを止めるオルゴールのように可憐に終わるこの曲の直後に始まるのが、あの危険なイントロ。

しかもエムカのステージでは警告音のようなものが鳴ったり、つい先日のKCONTACTの舞台では黒雲が立ち込めて雷鳴が響くという、はっきりとギャップを強調する演出が挟まれたりする。

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こうした演出で強調されているように、「幻想童話」を通して繰り広げられる旋律は一貫して劇的で切迫した不穏な何かを伝えようとしている。

その音色に合わせて12名が、「優雅に」の歌詞通り統制のとれた動きで白鳥の羽ばたきを模して表現して見せる姿は、確かに文句のつけようがなく美しい。

だからこそ不自然だった。

サイレンもしくはアラームを思わせる音を背景に踊る12人の姿は、ほとんど赤色灯に照らされた白鳥の舞踏を想起させると言うべきで、そこには普通ではない気配が満ちている。
 

白鳥の決意

しかしその違和感は「幻想童話」の中盤、イェナのラップによって徐々にその誤解を解き始める。

「ここは眩暈がする。みんなが私をあざ笑っても、あなたと同じ夢を見る」

このフレーズを聞き流すことは出来なかった。

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ほんの数カ月前、あの厳しい状況に追い込まれた時期に世間を飛び交った言葉には本当に色々なものがあったけれど、それは必ずしも励ましや応援ばかりではなかった。

この歌詞を聴いてあの頃のことを思い出さないはずがない。

私はここに来てようやく「幻想童話」の違和感の正体に思い当たった気がした。

つまり、このただならない事態を思わせる旋律は、IZONEが現実に陥ることになった混沌を表現していて、「幻想童話」は一連の騒動を経た現在の彼女達の姿そのものを表しているのだと。  

 

その思いを強めたのが、この曲のクライマックスであるダンスブレイクシーン。IZONE史上随一の美しさと猛々しさを併せ持つあの場面でのこと。

「この瞬間が永遠であることを願う」と歌うユリの美しく力強いソロから流れるように始まるこのシーンは、おそらく「幻想童話」の佳境にして真髄。この瞬間のために3分間の舞台が組み立てられているとすら思える。

ここに至るまで、美しい白鳥の羽ばたきを滑らかな身体の線で表現していた12人が、しかしここでは「swan swan swan」の歌詞に合わせて一斉に地面を蹴って飛び上がり、力いっぱい拳を振り下ろす。

これはもはや優雅で大人しい白鳥の舞踏などではなく、むしろ闘争の時を目前にして相手を威嚇するマオリ族の民族舞踏として有名な「ハカ」に近い。

 

更にこの変化は、バレエ「白鳥の湖」にオペラ「ローエングリン」など、物語の中における白鳥は「変身」の要素を持ち、真実の姿を別に隠す存在として描かれるという指摘を思い起こさせる。

だとすると「幻想童話」の英語タイトルである「Secret Story of the Swan」は、そうした意味合いを暗に示していたようにも読み取れる。

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そしてここで白鳥の姿をかなぐり捨ててまで12人が示さなくてはならなかったものとは、それはIZONEとしての新たな決意に他ならないと思う。

逆風にさらされながらもガールグループとして記録的な大成功を収め続けるIZONEは、受ける称賛が大きいほど、様々なプレッシャーも増してゆく。

それでもあなたと夢を見る、今の瞬間を永遠にと歌うには、美しい白鳥の姿だけでは表現できない覚悟が必要だったのだと、私は受け取った。

 

その意味で、このダンスブレイクは単純に曲を盛り上げるための音楽的構成というだけでなく、新しい局面を迎えたIZONEというグループの姿勢を象徴する、今作において欠くことの出来ない本質的意味を持つ場面だったと思う。

 

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幻想童話

始めは不可解にも思えた、全編を通して不穏な旋律が用意された理由は、以上のようなことであるというのが自分なりの解釈です。

そして「Welcome」や「幻想童話」から感じられるメルヘンな枠組みは、アイドル的な装飾として作用しながら、その中に上記のような強靭な真意を隠しつつ、同時に際立たせる効果もあったのではと思います。
 

付け加えておかなくてはいけないのは、今作の作詞から編曲までを担ったのがデビュー曲「ラヴィアンローズ」の作詞・作曲家であるMospickだったということ。

一年と八カ月前に「バラ色の人生を」と歌ったIZONEに対し、節目の時期にあって同じ人物が「幻想童話」という表情の大きく異なる楽曲を用意したことは、さほど長いとも思われない時間がIZONEへもたらした陰影の深さを思わせます。

 

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もちろん「幻想童話」は作詞・IZONEというわけではないので、直接にメンバーの意思が盛り込まれているわけではないのかもしれない。

しかしIZONEが今グループとして何を思うのか、アイドルとして具体的な見解や感想を表に出せないだろう状況の中、「あなたのために踊り続ける」と彼女達が歌った時、それはIZONEの決意表明として響くしかなかったとも思います。

 

ここまで書いてきたように、IZONEが「幻想童話」で新しく、勇敢で、何より一層華麗な姿によってキャリア後半戦の幕を開けた今回のカムバックは期待以上の素晴らしい結果でした。

しかし同時に残された時間を思う時、その満たされる気持ちが大きいほど、それと同じだけの喪失を予感せずにはいられないことが悔しい。