猫から見たK-POP

ガールグループ中心に思ったこと書いてます。

KPopの栄光と葛藤。「K-POP Evolution」

古くて新しいKPopの歴史にまつわる光と影を、当事者の証言も交えながら生き生きと伝えるYOUTUBEオリジナル作品「K-POP Evolution」。今年の春頃に公開されてたらしいこのドキュメンタリを最近になって見てみた。KPopを追いかけ始めて4年程度の自分には、ソテジワから更に遡る韓国の大衆音楽黎明期については初めて知る内容で、既知の事柄にしてもアイドル自身の言葉と当時の映像が重ねられて臨場感があり、とても見応えがある内容だった。

何よりこのドキュメンタリが非凡だったところとして、現実のアイドルグループのデビューに際し、撮る側がKPopの問題点を意識しながら迫っていた部分が挙げられると思う。しかもその被写体となっているのがSTAYCという本物の、新世代ガールグループにおける要注目の存在だった点も大きかった。

 

まず本作で紹介されていたKPopの源流と発展の過程をすごく雑にまとめてしまうと、韓国のポップ音楽はアメリカ文化の発信地であるイテウォン周辺から始まり、軍事独裁時代の紆余曲折を経たのちに、再びイテウォンで復活した、ということなんだと理解した(1話)。

日本のそれと違って韓国のポップ音楽はアメリカ単独の影響がとりわけ強烈に感じられる気がして、私はその理由を北米へ移住した韓国人コミュニティから波及したものと理解していた。でもそれだけではなくて、もっと身近なイテウォンという存在も関係して、それがやがてソテジワアイドゥルへと繋がっていったということのようだった。

こうした経緯でラップやヒップホップに代表されるアメリカの音楽的影響を強く受けていたことが、KPopが今日の世界的なヒップホップ&ダンスミュージックの流行へスムーズに乗ることが出来た要因だったのでは、と個人的には想像してる。

 

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しかしこのようにアメリカからの音楽的影響について強調するのは当然としても、2話以降からアイドルとしてのKPopの発展を語るのなら、日本からの影響について触れても良かったのではとも感じた。

SMのイスマンがアメリカのボーイグループだけでなくジャニーズのアイドルシステムを参考にしたというのはとても有名な話だけれど、H.O.T.からgodへのアイドルとしての見せ方の変化を、後者がアイドルならではの神秘性を思い切って手放したことを根拠として説明するなら(2話)、既にその何年も前から日本でSMAPがバラエティー番組などへ積極的に活動の場を広げることでアイドルの可能性を「かっこつけるだけ」の更に先へ拡張していた事実はもっと意識されても良いはず。

日本がKPopに与えた影響は経済的なものだけでも、名付け親としての役割だけでもなく、もっと広汎なものだったという経緯はこういう話題が出るたびに意識しておきたいと思う。

 

一方でそのgodが確かに画期的に思われたのは、アイドルに親しみを感じさせるためにカメラがその日常を追うリアリティ番組という、今日まで続くKPopアイドルのスタンダードを定着させたという解説だった。

しかしこの「発明」については、アイドルのプライベートと仕事の境界を曖昧にしてしまったという点で功罪あると感じている。宿舎中にカメラが据え付けられて、ベッドに横たわる寝姿まで映すことを厭わない今の風潮はやりすぎではと思うこともあり、ファンの一人としては迷いを感じる。

更にgodは、アイドルへ精神的な負担を強いるものとして代表的な「恋愛スキャンダル」という出来事に関してもKPopの歴史に名を残している(6話)。当時注目を集めたというリーダーの釈明会見は、32歳男性に恋人がいたという理由でここまで騒ぎ立てられるという視点でみると滑稽だけれど、同時にアイドルならではの悲哀を象徴しているようでもある。 

ちなみに放送では説明されなかったけれど、事務所はこのスキャンダルを理由にいったん彼の脱退を決めたものの、ファンからの猛抗議によって撤回に至るという後日談はいかにもKPopらしい。しかし同時に、このように現実的な変化を促すファンの熱意や積極性も、何かを間違えればアイドル本人を追い詰めて行く方向に繋がるのかもしれないということを、4話「ファンたち」が映す熱狂は予感させていたようにも思う。

  

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全7話からなるこの「KPop EVOLUTION」の白眉は間違いなく、デビュー直前のSTAYCを捉えた5話と6話だった。これまでに見た中でもっとも真剣な「デビューリアリティー」だったかもしれない。何が凄いと言って、一人のKPopスターの死とそこから広がった波紋を、デビューを間近に控えたアイドルグループの姿に重ねて見せることでKPOPへの強い問題意識を提起する構成は、あまり他に例を見ない作りだった。

更に彼女達にアイドルとしての葛藤を正面から問うだけでなく、アイドルへの抑圧の是非について管理者であるプロデューサーにもカメラを向け、その微妙な表情の向こう側に透けて見える「狡さ」を視聴者に意識させる。

そしてアイドルが無防備な状態に晒されている現実に危機感を覚えつつも、対策の伴わない現状への歯がゆさを吐露する先輩達の言葉が、デビューの準備を進めるSTAYCの映像と交互にさしはさまれる時、これから華々しいアイドルの世界へ旅立とうとする彼女達の姿は複雑な陰影を帯びることになった。

ひとつ付け加えるなら、映像の作り方が良くできていたせいかSTAYC候補生の皆が戸惑いや不安を口にする場面が映画の一幕のようにも見えて、カメラのあることを知った上での振る舞いは本人の自発的な意思や行動と判断できるか、みたいなドキュメンタリのジレンマを感じる瞬間もあった。

しかしいずれにせよ、一つのアイドルグループがデビューする姿を撮影するにあたって、辛いこともあるけど目標に向かって前向きに頑張る少女達、みたいなありきたりな描き方をせず、KPopの問題点を重ねながら映し出した本作の意義は大きかったと思う。

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ちなみにこの記事のサムネ画像は最後の7話「MVが出来るまで」からのEVERGLOW・イーレンさんの一幕。写真から受ける印象のように深刻な場面では全然なく、ただ劇的な迫力があったので選んだ。

 

まとめ

「K-POP Evolution」のようなドキュメンタリが作られる背景には言うまでもなくBTSに代表される現在のKPopの隆盛があるはずで、でも同時にそれは、海外からこのような形で問いかけられるほどにその影の部分が無視できないものになっていることも感じさせた。そしてこんな記事を書いているさなかにも、KPopアイドルが精神的負担により活動を休止するというニュースが相次いで流れてゆく。

韓国は小さな半島の南半分という狭い国土の中に比較的等質な人々がせめぎ合い、近年ではネットを中心にした言論空間が大衆の悪意も喝采も、対立も共感も、あらゆる反響を増幅させているように見える。その息詰まるスペースにできる限り高い塔を築き上げようとして、野心と熱意と技巧でもってKPopシーンはそれに成功した。世界中のファンはその鋭いバランスが生み出す美しさを見上げて熱狂するけど、しかし急峻な塔は危険と隣り合わせで中には足を滑らせる人も出てくる。高く上るほどに危険が増すようでもある。そろそろ慎重になるべきなのかもしれない。KPopの未来を確かなものにするためにも、少し手を休めて、これまで一心に積み重ねてきた結果を見つめ直しても良い頃合いなのではと思う。